アルゼンチン出身で、日本プロ麻雀協会に所属しているニコラスです。今回は、私がアルゼンチンで麻雀と出会ってから、日本でプロ雀士になり、今の活動にたどり着くまでを、少し長めに振り返ってみます。
言葉から始まった
私はアルゼンチンで、スペイン語を母語として育ちました。英語は10歳ごろから独学で覚え、日本語は11〜12歳のころ、あるウェブサイトで勉強を始めました。好きな日本の音楽やゲーム、アニメを、自分の手で翻訳してみたかったからです。その後、大学の語学センターで日本語と中国語の修了証を取り(2009〜2011年)、大学では文芸・専門翻訳を専攻しました。
言葉は、間違えながら前に進むことで覚えてきました。振り返ってみると、これは麻雀にもそのまま当てはまりました。
麻雀でも、間違えるのを怖がって判断を先送りにするより、自分で決めて打ってみて、あとから牌譜で見直すほうが上達は早いと思っています。言葉と同じで、間違えた場面ほどよく覚えているものです。
友人たちと、手積みの麻雀
リーチ麻雀を知ったきっかけは、『アカギ』や『咲』が好きな友人たちでした。アニメ系の掲示板に「アルゼンチン麻雀部」というスレッドを立て、チャイナタウンで中国の麻雀牌を買ってきて、山は手で積んでいました(もちろん全自動卓などありません)。
仲間内で遊び方がばらばらにならないよう、日本のルールをまとめて統一したのも私です。思えばそれ以来ずっと、誰かのためにルールを書いている気がします。
ルールを文章にしてみると、自分がどこをあいまいに覚えていたのかがよく分かります。人に説明できるところまで整理すると、それだけで理解がぐっと深まります。
天鳳での修行
2009年10月6日、天鳳に登録しました。同じ日に、スペイン語と英語のブログ「Tonari no Riichi」も始めています。
天鳳は私の修行の場でした。ほかのサイトでも打っていて、2012年には雀龍門で九段になっています。天鳳で七段に上がり、鳳凰卓で打てるようになったのは、日本に移ってからの2018年10月で、登録から9年後のことでした。
天鳳六段までの道はシンプルで、麻雀はそこから始まる。私はよくそう話しています。私の考えでは、牌効率を身につけることと、リーチを受けたらきちんと降りること、この二つを丁寧に続ければ、六段まではたどり着けます。その先は、相手の手や場況を読む力と、押し引きの細かい判断が問われます。言葉でいえば、単語と文法を覚えたあとに、ようやく会話が始まるような感覚です。
スペイン語の本と、英語での執筆・翻訳
2010年に、スペイン語のリーチ麻雀本『Guía de Profundización en Mahjong Básico』を無料で公開しました。翌2011年には193ページのKindle版も出しています。牌のイラストも自分で描きました。
英語では、2010年から2017年まで海外の麻雀ブログに記事を書き、2011年にはReachMahjongのガイドを翻訳しました。2015年には『TOHAI』の1エピソードに英語字幕を付け、天鳳の英語版の翻訳にも関わっています。その多くは、大学で翻訳を学んでいた時期(2012〜2015年)と重なっています。
2011年、初めての日本
初めて日本に来たのは2011年です。3か月ほど尼崎に滞在し、生まれて初めて入った雀荘は梅田の「Marchao」でした。福地誠さんと出会ったのもこのときで、私が「日本のお父さん」と呼んでいる方です。
ネット麻雀とリアル麻雀は別のゲームだと思っていますが、その違いがはっきり分かるのが日本の雀荘です。天鳳では点数計算はソフトがやってくれますし、フリテンならそもそもロンできません。リアルの卓では、それを全部自分で、しかも3人に見られながら素早くこなさなければいけません。
ネット麻雀で強くなった人が初めて雀荘に行くなら、点数申告を早く正確にできるよう、前もって練習しておくことをおすすめします。打牌の判断に集中できるかどうかは、そういう基本の部分で決まることが多いからです。
2016年、大阪へ
2016年、プロ雀士を目指して大阪に移り住みました。その年のうちに、大阪の雀荘でメンバーとして働き始めています(メンバーの仕事については、日本の麻雀ファンの方には説明不要だと思うので省きます)。
2017年、プロに
2017年2月、東京で開催された天鳳初の国際交流大会に出場しました。同じ年、日本プロ麻雀協会に16期前期生として入会し、プロになりました。所属は関西本部です。
2017年4月の関西チャンピオンロードでは準決勝で敗退しましたが、大会レポートではアルゼンチン出身で初めての競技麻雀プロとして紹介され、「知略と意志を携えた恐るべき新人」とまで書いていただきました。ありがたく受け取っておきます。
同じ年の第16期新人王戦では、準決勝を卓内トップで勝ち上がり、決勝に進みました。私にとっては初めての放送対局での決勝で、結果は4位でした。
本業と麻雀
日本のプロ雀士の多くは本業を持っていて、私もその一人です。本業はIT企業での仕事で、麻雀はその合間を縫って続けてきました。
日本と海外をつなぐ
今の私の麻雀の活動は、ほとんどが日本と海外をつなぐものです。2018年の麻雀新聞さんのインタビューでは、「僕はいま3つのペルソナを持っています」とお話ししました。スペイン語圏向けの南米人、日本国内向けのプロ雀士、そして英語圏向けのプロ雀士です。今もその通りだと思います。
リーガロイヤルホテル大阪では、土田浩翔プロの麻雀教室でアシスタントをしています。2020年には、ニューヨークのリーチ麻雀クラブ「Riichi Nomi」向けに土田プロのオンライン講義を企画し、当日は司会を担当しました(英語の字幕はリアルタイムで付けていただきました)。関西では大会の審判も務めていて、子ども麻雀教室のお手伝いをしたこともあります。英語・スペイン語・日本語で麻雀のコーチもしてきました。
2023年10月には、アルゼンチンの麻雀クラブにゲストとして招かれ、現地で大会とQ&Aに参加しました。仲間内のためにルールをまとめていたころを思うと、ゲストとして呼んでもらえること自体が感慨深いです。
2024年7月からは、仲林圭プロのYouTubeチャンネルでMリーグの英語配信をしています。仲林プロの解説を、私がその場で英語に同時通訳する形です。Mリーグ公式の企画ではなく、個人で行っている配信です。日本語が分からない人に日本の麻雀を届けることは、掲示板のスレッドのころからずっとやってきたことで、この配信はその一番まっすぐな形だと思っています。
2025年には土田プロの推薦をいただき、土田プロ考案の「ムゲンルール」による特別対局に、Mリーガー4名とともに参加しました。同じ年には、東京で開催された世界麻雀(World Riichi Championship 2025)に、アルゼンチン代表として出場しています。
これから
私の優先順位は、麻雀を教えるときと同じです。まず楽しむ、次に上達する、勝つのはその後。自分の成績とは別に、競技と交流の両面で世界の麻雀プレイヤーをつなぐ組織づくりにも、力を貸していきたいと考えています。
英語で麻雀を学びたい方には、npmahjong.comに無料のガイドやツールがあります。プロ雀士としての私のサイトはnikorasu.proです。
目標は、南米出身初のMリーガーになることです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この記事は、nikorasu.devに掲載した記事を、このブログ向けに書き直したものです。(元の記事)



