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コラム

誰も1人だけ特別なんかじゃない

誰も1人だけ特別なんかじゃない

今日、昔の自分を振り返って、こんなことをつぶやきました。

ニコラスの写真

正直最初は……来日して、鳳凰卓に入って、プロ入りして、新人王決勝卓に登って、当時「俺をもっと上手に使ってよ、ユニークだもん!」と思った。笑

でも、違う。

みんな平等で、誰だって必死で真面目で掛け替えのない存在だから。誰も1人だけスペシャルなんかじゃないし、何かに頼ろうと思わずに進もう!

多くの方に読んでいただき、応援の言葉もいただいたので、少し言葉を足して、ここにまとめておきます。

「ユニークだもん」と思っていたころ

2016年にアルゼンチンから日本に来て、2017年に日本プロ麻雀協会のプロになりました。その年の新人王戦では予選を勝ち上がり、決勝卓まで進むことができました。天鳳では、2018年に鳳凰卓にたどり着きました。

南米から来たプロ雀士で、新人王戦の決勝卓にも座った。当時の私は、それだけで自分が特別な存在になったような気がしていました。「こんなに珍しいんだから、もっとうまく使ってくれたらいいのに」と、わりと本気で思っていたのです。

いま振り返ると、かなり恥ずかしいです。あのころは反省が少なくて、思うように声がかからない理由を、自分以外のところに探していました。当時の自分に会えるなら、少し説教をしたいくらいです(笑)。

唯一無二になれなかった悔しさ

同じ日に、こんなこともつぶやいていました。

ニコラスの写真

あの時、ニコラスは決勝卓で新人王を取っていれば……まさに唯一無二になってた。悔しい。凡人で悔しい……

あの決勝で優勝していたら、本当の意味で唯一無二と言える存在になれていたのかもしれません。でも、私は優勝できませんでした。決勝卓に座れただけでも当時はうれしかったのですが、タイトルを取ったわけではありません。

珍しい経歴は、人の目を引くきっかけにはなります。ただ、それは入り口にすぎません。結果を出して初めて、ほかの誰とも違う存在になれる。その結果を出せなかった自分は、正直に言えば凡人です。それが悔しいです。

でも、違う

ここからが、本当に書きたかったことです。

新人王戦の予選を通過して決勝進出が決まった日、私は「こんな素晴らしい人たちと同じビルにいるだけで、すごく光栄に思っています」と書いていました。翌日の決勝卓の前にも「誰だって緊張する」と書いています。あの場にいた全員が、それぞれ真剣だったはずです。

麻雀の卓に着けば、4人は同じ持ち点から始まります。配牌もツモも、出身地や経歴を見て配られるわけではありません。どこから来たか、どれだけ珍しいかは、1局の結果には何の関係もないのです。

それに、卓の外にもそれぞれの事情があります。たとえば、仕事と両立しながらリーグ戦に通っている人もいれば、何年も予選を突破できずに、それでも挑戦を続けている人もいます。誰だって必死で、真面目で、その人の代わりはいません。そう考えると、私だけが特別扱いされるべき理由は、どこにも見当たりませんでした。

何かに頼らずに進む

「何かに頼ろうと思わずに進もう」と書いたのは、自分への言い聞かせでもあります。

珍しい経歴や、決勝卓に座ったという過去を頼りに、誰かが見つけてくれるのを待つ。それは結局、自分では動かずに、何かが起きるのを期待しているだけの状態だと思います。

ここしばらく、私は麻雀から少し遠ざかっていました。最近になって、まだまだ知らないことが多いと気づき、自己評価も急に下がりました。それでも麻雀を打ちたい気持ちはずっとあって、何かの形で麻雀界に貢献したいと思っています。英語圏の方に向けた麻雀講座もやっています。

特別だから何かをしてもらえる、という考えはもう捨てます。まずは自分の麻雀を磨いて、ほったらかしにしていた発信も自分から少しずつ再開していくつもりです。地味でも、そこから積み上げていくしかないと思っています。

おわりに

誰も1人だけ特別なんかじゃない。これは、自分の価値を下げる言葉ではないと思っています。みんなが同じように大切だということです。そのなかで、何かに頼らず、一歩ずつ前に進んでいきたいです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


2021年1月7日の投稿をもとに、加筆してまとめました。(元の投稿)


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