2015年8月から、2016年に日本へ来るまで、私はアルゼンチンの大学の語学センターで日本語を教えていました。数年前に自分が日本語と中国語を学んだ場所なので、教わる側の気持ちも少しは分かっていたと思います。
それから7年ほど経ちました。今、私が「教える」場所は、大阪のリーガロイヤルホテルで開かれている土田浩翔先生の麻雀教室です。2017年ごろからアシスタントをさせていただいています。また、海外のIT企業でリモートで働いていて、仕事でもお客様に新しい製品を使えるようになってもらう場面があります。
教えるものは日本語、麻雀、ソフトウェアとばらばらですが、準備の仕方はほとんど同じで、その大半は日本語を教えていたころに身につけたものです。この記事では、麻雀を教えることに絞って書いてみます。
ゴールは「できること」で決める
「今日は『て形』をやります」で始まる授業は、教える側のシラバスが中心です。いい授業は、終わったときに学習者が何をできるようになっているかから考えます。道を尋ねる、昨日したことを話す、指を差さずに注文する。日本語教育では、これを「Can-do」と呼びます。
これが決まっていると、ほかの判断がすべて楽になります。どの練習も、その「できる」に近づくか、近づかないかのどちらかだからです。
麻雀に置き換えると、「今日は役を覚えます」より「今日の終わりに、自分の手がテンパイしているかどうかを自分で判断できる」の方が、教える側も教わる側も迷いません。役の説明をどこまでするか、どの練習を入れるかも、そこから自然に決まります。
教える順番を守る
次は順番です。日本語なら、ひらがなの次に漢字、現在形の次に過去形。まだ教えていないことを前提にした内容は出しません。当たり前に聞こえますが、教える側が一番飛ばしてしまいやすいところでもあります。
初心者に麻雀を教えるなら、私は次の順番にします。
- 手の組み立て方(4メンツ1雀頭の形)
- 牌効率
- 押し引き(特に、オリる判断)
- 場の読み
以前、英語で牌効率の連載を書いたことがありますが、牌効率だけで連載がひとつできてしまいました。それでも、まだ2番目のステップです。手の形が分かっていない人に押し引きの話をしても、何を押して何を引くのかが見えません。逆に、形が分かってくると、牌効率の話がすっと入るようになります。
「何か質問はありますか?」の代わりに
「何か質問はありますか?」は、教える側がする質問の中で一番役に立たないものだと思っています。分かっていない人は何を聞けばいいのかも分かりませんし、恥ずかしがり屋の人はみんなの前では聞きません。そして、その沈黙は、誰かが理解したという意味ではありません。
日本語の教室では、実際に使ってもらって確かめていました。日本語で答えてもらう、動詞を活用してもらう、文の意味を自分の言葉で説明してもらう。答えを聞けば、誰がついてきているかがはっきり分かります。
麻雀には、これにぴったりの道具があります。何切る問題です。手牌と状況を見せて、切る牌を1枚選び、理由を言ってもらいます。選んだ牌でその人の知識が分かり、理由を聞けば、本当に分かっているのか、たまたま当たったのかが分かります。
たとえば、孤立した北と孤立した1索のどちらを切るか、という場面で、2人が同じ北を選んだとします。1人は「東場の南家なので、北は役にならないから」と答え、もう1人は「なんとなく」と答えました。選んだ牌は同じでも、次に教えることはまったく違います。理由まで言ってもらうことで、それが見えるようになります。
早めに打って、練習卓で失敗してもらう
語学でも麻雀でも、大事なのは間違えてもいいから早く前に出ることだと思っています。準備ができてから話そうとする人は、いつまで経っても話しません。
麻雀の初心者も、役を全部覚える前に実戦を打った方がいいです。放銃もするでしょうし、リーチをかけ忘れることもあるでしょう。それでいいんです。練習の卓はそのためにあります。
ただ、人前で間違えたくないのは誰でも同じです。そこで、間違いを練習の一部にしてしまうのもひとつの手です。「この手はフリテンになっています。どこが原因か探してみてください」のように、最初から間違いが入っている問題を出すと、失敗が予定どおりだと分かるので、みんな肩の力が抜けます。
最初のアガリを体験してもらう
早めに打ってもらうなら、その最初の体験は「うまくいった」で終わらせたいところです。日本語でも、初回の授業の終わりに自己紹介ができるようになった学生は、2回目も来てくれます。文字の歴史の説明だけで1回目が終わった学生は、もう来ないかもしれません。
麻雀なら、初心者には最初の日に1回はアガってほしいと思っています。安い手で構いません。リーチ・タンヤオで十分です。
これは、私が考える麻雀の優先順位にも合っています。まず楽しむ、次に上達、勝つのはその後。最初のアガリは、「勝つ」より「楽しむ」の方に入るものだと思います。
自分の牌譜を持ってきてもらう
大学の授業には、オフィスアワーという仕組みがあります。決まった時間に、誰でも何でも持ってこられる場です。なくてもよさそうに見えて、実は欠かせないものだと思います。おとなしい学生も、授業中には聞けなかったことを聞きに来られるからです。
麻雀でこれにあたるのは、本人が持ってきた牌譜の検討だと思います。天鳳や雀魂で打った半荘でも、教室で打った一局のメモでも構いません。自分の間違いなので、一般的な講義よりずっと身につきます。教える側にとっても、その人がどこでつまずいているのかが一番よく分かる時間です。
おわりに
日本語の授業も、麻雀の一回のレッスンも、準備のチェックリストは短くて構わないと思っています。
- 目標は1つだけ。最初に「できること」として伝える
- まだ扱っていないことを前提にした内容は入れない
- 最初の15分で全員が牌に触る
- 最後は「何か質問は?」の代わりに何切る問題で締める
- 終わる前に、1回はアガリを体験してもらう
次のレッスンが終わったとき、生徒さんは、今はできない何ができるようになっているでしょうか。レッスンの準備は、この問いから始めるのがいいと思います。
この記事は、nikorasu.devに掲載した「日本語教師の経験から学んだ、顧客オンボーディングと麻雀指導のコツ」を、このブログ向けに書き直したものです。(元の記事)



