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コラム

プロ麻雀は、3つの世界のはざまにいる

プロ麻雀は、3つの世界のはざまにいる
ニコラスの写真

プロ麻雀は今、3つの世界の狭間にいると思う。将棋・囲碁のような「伝統的な頭脳競技」、プロポーカーのような「勝負師の競技」、eスポーツのような「デジタル時代の競技」。面白いのは、この3つでは「当たり前」と「非常識」がそれぞれかなり違うこと。

この投稿には、たくさんの方から感想やご意見をいただきました。

プロ麻雀という業界がこれからどんな形を目指すのか。私なりの見方です。

3つの世界

伝統的な頭脳競技

将棋や囲碁の世界では、三味線(言葉や態度で相手を惑わせること)、相手を煽る発言、悪ふざけといったものは、かなり厳しく問題視されます。

対局の前後のあいさつや、静かな対局室の空気も含めて、主役はあくまで競技そのものです。選手の人柄や物語が注目されることはあっても、それは盤上の内容があってこそ、という感覚が共有されていると思います。

勝負師の競技

一方、プロポーカーの世界では、挑発や駆け引き、ハッタリ、ある程度のショーマンシップまで含めて、勝負の面白さとして受け入れられることが多いです。

ポーカーはもともと、ベットでのブラフがゲームの中心にある競技です。相手の心理を読み、揺さぶること自体が技術なので、テーブルでの言葉のやりとりも「勝負の一部」として見られやすいのだと思います。ここでは競技だけでなく、選手本人も主役です。観る側も、選手のキャラクターを含めて楽しんでいる部分が大きいと思います。

もっとも、これは主に放送されるポーカーの話です。テレビの対局と、愛好家が集まる大会とではかなり雰囲気が違っていて、大会のほうはマナーのいい方が多い印象です。

デジタル時代の競技

eスポーツは、その中間に近いと私は感じています。

多少の煽りやキャラクター性は文化として存在しますし、それが盛り上がりにつながることもあります。ただ、行き過ぎるとスポンサーや大会運営まで巻き込み、競技全体の問題になり得ます。競技、選手、興行。その全部が「商品」になっている世界だからこそ、一人の振る舞いが業界全体に響くのだと思います。

どれが正しいという話ではありません。それぞれの世界に、それぞれの理由があって今の「当たり前」ができています。

麻雀はどこに近いのか

麻雀界が難しいのは、みんなが将棋や囲碁のような世界を目指しているわけでもない、という点です。

「将棋や囲碁みたいな世界じゃない」「麻雀なんて、もっと勝負師の世界だろう」という声をいただいたこともあります。たしかに麻雀には運の要素があり、相手の心理を読む駆け引きもあります。その意味では、ポーカーに近い部分もあると思います。

私自身も、麻雀を無理やり将棋や囲碁と同じ型に押し込む必要はないと考えています。

ただ、私語、三味線、煽り、プレーヤー同士のトラブル、ハッタリといったものが、放送されるポーカーのように「ゲームのドラマの一部」として定着してほしいとも思いません。

麻雀にも、駆け引きはもちろんあります。たとえば、迷彩を入れた捨て牌で待ちを読みにくくしたり、ひっかけで出アガリを狙ったりするのは、立派な技術です。こちらは河と手牌、つまりゲームの中で行われるものです。一方、言葉で相手を惑わせる口三味線は、競技の場や雀荘では一般的にマナー違反とされています。

正直に言うと、私自身は、三味線も多少ならあっても面白いと思うほうです。言われたことを信じるか、どう読むかは、聞いた側の判断でいいとも思っています。ただ、この「多少」の線引きがいちばん難しいところです。

私があまり見たくないのは、三味線そのものより、ゲームの進行まで壊してしまう行為です。たとえば、演出のために必要のない時間を取ったり、普通の発声と勘違いさせるような言葉を口にしたり。

仕草や表情は人それぞれなので、不必要な所作でみんなの時間を奪わないかぎり、気にしなくていいと思っています。線を引くなら、言葉や発言のほうです。ただ、その線を「何を言ったか」で引くのか、「対局にどんな影響を与えたか」で引くのか。ここは私もまだ考えている途中です。

チェスという例

では、eスポーツ的な方向はどうでしょうか。

最近のチェスは、伝統的な頭脳競技でありながら、配信、オンライン対局、大会、ストリーマー、コンテンツ文化といったものを取り込み、かなりeスポーツ的な世界にも広がっています。古くからある競技が、新しい形でファンを広げている例だと思います。

麻雀にも、ネット麻雀があります。デジタル派の打ち手がいます。オンライン大会があり、リーグがあり、配信があり、個性的なプロがいます。材料はすでにそろっています。

もしかすると、この方向が麻雀にとって一番しっくり来る未来なのかもしれません。

麻雀なりの形

将棋や囲碁の真似をする必要もないし、ポーカーの文化をそのまま持ってくる必要もありません。

麻雀なりの形で、競技性を守りながら、選手の個性も活かして、エンタメとして広げていく。「頭脳スポーツ」と「エンタメ」を両立させることが、これからの麻雀界のテーマだと思っています。

個性の出し方は、相手を煽ることでなくてもいいはずです。打牌の選択に表れる雀風、対局後に自分の判断を言葉で説明する力、配信での人柄。麻雀には、選手の個性が自然とにじみ出る場面がたくさんあります。

そして、この両立ができれば、麻雀は日本の外にも広がりやすくなると思います。ルールやマナーが整理された競技でありながら、観て楽しいコンテンツでもある。それは、麻雀を知らない国の人にも説明しやすい形です。アルゼンチンから来た私としては、そこにかなり明るい未来を感じています。麻雀界がもっと大きくなり、世界に広がっていくためのカギにもなるはずです。

おわりに

3つの世界のどれかを否定したいわけではありません。伝統的な頭脳競技の品位も、勝負師の世界の熱さも、デジタル時代の広がりも、それぞれに魅力があります。

理想を言えば、3つの世界のいいところを取って、麻雀ならではの4つ目の形を作ることです。答えが簡単に出る話ではありませんが、これからもいろんな方と意見を交わしながら考えていきたいと思います。


2026年9月17日の投稿をもとに、加筆してまとめました。(元の投稿)


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