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麻雀の考え方

「ベタオリ禁止」アカウントが本垢より勝っていた話

「ベタオリ禁止」アカウントが本垢より勝っていた話

守りにそれほど自信がないなら、攻めに回った方がかえって痛い放銃を避けられる。そんな趣旨の投稿を見かけました。その感覚は私にもよく分かりますし、昔のある実験を思い出しました。

ニコラスの写真

まだ平成の頃、友達が天鳳で「鳳凰卓RTA」みたいな実験をしていた。

① スピード・攻撃・鳴き最大、『ベタオリ禁止』

② 門前・打点・守備重視

この2つのアカウントを作って鬼打ちしたところ、意外にも①の「オリなし」の方が、むしろ本垢よりずっと成績が良かった。(多少は確変もあったとは言え)

二つのアカウント

RTAは、ゲームをどれだけ短い時間でクリアできるかを競う遊び方のことです。「鳳凰卓RTA」なら、新しいアカウントでどれだけ早く鳳凰卓までたどり着けるか、というイメージです。

友人は、方針が正反対の二つのアカウントを用意しました。①はとにかく速く攻めて、鳴いて、ベタオリはしない。②は門前で手を作り、打点と守備を重視する。結果は、①の「オリなし」の方が、彼のふだんのアカウント(本垢)よりもずっと良い成績でした。多少は確変、つまり運の上振れもあったとはいえ、意外な結果です。

私はその対局を観戦していましたが、見ていて面白かったです。

観戦して見えたこと

まず、他家が聴牌する前にアガってしまいます。あるいは先制して、逆に他家をオリさせます。流局しても、自分が聴牌していればノーテンの人から聴牌料が入りますし、アガれば場に出ているリーチ棒も回収できます。小さな収入が、途切れずに積み上がっていく感じでした。

そして鳴きが多いので、手の内の牌が少なくなります。相手の当たり牌をそもそも抱えていること自体が少ないのです。

ただ、それだけで勝っていたわけではありません。戦術的な部分もたくさんありました。

たとえば混一色に向かっていれば、字牌を手に残しやすくなります。すでに場に見えている字牌なら、他家からリーチが来たときにも比較的安全に切ることができます。手を進めること自体が、守りの準備にもなっているわけです。

親リーチの一発目に、何も考えずに無筋を叩き切るような「無防備なオリなし」とは、まったく別物でした。彼は守備をしないのではなく、ベタオリをしないだけでした。攻撃そのものが結果的に守備になっていたというか、守備を攻撃の中に入れ込んでいた、という印象です。

攻撃力という前提

ただし、これを単純に「麻雀はオリなくていい」と解釈すると、たぶんとんでもないことになります。

彼は、そもそもの攻撃力が高かったのです。化け物みたいに強い人でした。本人としては「鳳凰卓まで行くのに、ベタオリは要らない」ことを証明したかったようですが、横から見ていると、どうしてもツッコミたくなりました。

「いや、それはあなたくらい攻撃力があれば、の話では?」

牌効率、手組み、鳴くかどうかの判断、待ちの選択。こうした部分の精度が高いからこそ、先にアガる回数が増え、押しても割に合う局面が増えます。その土台がないままベタオリだけをやめると、残るのは「押しているのにアガれず、放銃だけが増える」状態です。

もし真似をしてみたいなら、まずはオリをやめることより、攻撃の中に守備を入れる部分から試すのがいいと思います。手牌に余裕があるうちに安全牌を一枚残しておく。他家の河や仕掛けから手が速そうだと感じたら、愚形の手を無理に門前で育てない。こうした小さな工夫なら、すぐにでも試せます。

ベタオリは守備の手段の一つ

麻雀で面白いのは、「守備力が高い=よくオリる」とは限らないところです。

これらも全部、広い意味では守備です。ベタオリは守備の「手段」の一つであって、守備そのものではありません。

「攻撃は最大の防御」とよく言います。ただし、それを成立させるには相応の攻撃力が要ります。自分の攻撃力がどのくらいかを知ったうえで、押しと引きのバランスを決めることが大切だと思います。


2026年8月9日の投稿をもとに、加筆してまとめました。(元の投稿)


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