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麻雀の考え方

何切るで見るべきは「何を諦めたか」

何切るで見るべきは「何を諦めたか」
ニコラスの写真

何切るで強くなる人は、「何を切るか」より「何を諦めていいと判断したか」を見ている気がする。牌は結論。その人の麻雀が出るのは、そこに至る優先順位のほう。答えは覚えるもの。理由は使い回せるもの。

例題を一つ使って考えてみます。

切った牌は結論にすぎない

何切るの答えは牌1枚です。ただ、その1枚を選ぶまでに、頭の中ではいくつもの比較をしています。受け入れの枚数、打点、役、ドラ、待ちの形、そして守備。どれかを取れば、どれかを手放すことになります。

同じ牌を切った二人でも、理由がまったく違うことはよくあります。一人は受け入れを数え、打点も比べたうえで選びました。もう一人は、なんとなく形がよさそうだったから選びました。正解の欄には同じ牌が並びますが、次に少し違う手が来たとき、迷わずに選べるのは前者です。

だから何切るを解いたあとは、「この1打で何を諦めたのか」を言葉にしてみることをおすすめします。

例題で考えてみます

たとえば、こんな手です(赤ドラは考えないことにします)。

二三四萬と四五六筒が面子、六七萬と三四索が両面、七九筒がドラ含みのカンチャン、八八索が雀頭です。ブロックが6つあるイーシャンテンなので、どこか1つを外すことになります。

候補は、ドラのカンチャンを外す打九筒と、両面を1つ外す打三索(打六萬なども同じ考え方です)の2つです。

打九筒打三索
受け入れ五八萬と二五索の16枚五八萬と八筒の11枚(八筒は表示牌に1枚見えています)
聴牌の形必ず両面待ち萬子が先に入ればカンチャン待ち
リーチして出あがりリーチ・タンヤオ・平和で3900点カンチャン待ちならリーチ・ドラ1で2600点、八筒が先なら3900点
諦めるものドラ1枚受け入れ5枚とタンヤオ、待ち次第で平和も

ドラを切るのはもったいなく感じます。でも表にしてみると、ドラ1枚を残すために、受け入れを5枚減らし、タンヤオを失い、カンチャン待ちになる可能性まで抱えることになります。しかも打点は上がらず、カンチャン待ちになればむしろ下がります。

この手では、ドラは「諦めていいもの」と判断できます。私なら打九筒です。

理由は次の手に持っていける

ここで「この形は打九筒」と覚えるだけだと、似た手で条件が少し変わったときに迷ってしまいます。持っていくべきなのは、「ドラを残すと、そのせいで別の役や受け入れが消えていないか」を確かめる手順のほうです。

たとえば、雀頭がもともと字牌で、最初からタンヤオがつかない手なら、ドラを手放したときに失うものと、残したときに失うものの天秤が変わります。答えが変わることもあります。それでも、確かめることは同じです。

守備も同じように考えられます。他家からリーチが入っている場面なら、受け入れを諦めて安全牌を残す、あるいは和了そのものを諦める判断もあります。何を一番に守り、何なら手放していいのか。その優先順位は局面ごとに入れ替わりますが、比べ方は使い回せます。

何切るの解き方を少し変えてみる

普段の何切るの解き方に、ひと手間加えるだけで十分です。

  1. 解説を見る前に、候補を2つか3つに絞る
  2. それぞれの候補で「得るもの」と「諦めるもの」を書き出す
  3. 解説と比べて、諦めていいと判断した理由がずれていないかを確かめる

正解した問題でも、理由が解説と違っていたら「たまたま当たった」と考えたほうが伸びると思います。逆に、答えが違っても、何を諦めるかの判断が筋の通ったものなら、それは条件の読み方が少し違っただけかもしれません。

おわりに

牌は結論で、その人の麻雀が出るのはそこに至る優先順位のほうです。何切るの答えは問題の数だけありますが、「何を諦めていいか」を決める考え方は、どの手にも持っていけます。


2026年10月6日の投稿をもとに、加筆してまとめました。(元の投稿)


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