麻雀と人生の共通点その23。成功率を高めようとするのはもちろんだが、どうしても1分の1になることはないので、とにかくトライの頻度を増やすこと。毎回毎回「形が不十分」で聴牌を崩しつづければ、あがることは絶対にないでしょう?
「麻雀と人生の共通点」シリーズの23回目です。今回は、成功率とトライの回数のお話です。
100%の待ちは存在しない
麻雀には、必ずあがれる待ちというものがありません。両面待ちでも最大8枚、カンチャンやペンチャンなら最大4枚です。しかも、そのうち何枚かはすでに河に捨てられていたり、ほかの人の手の中にあったりします。良い形でリーチをかけても、流局したり、ほかの人にあがられたりすることは珍しくありません。
つまり、どれだけ形にこだわっても、あがれる確率が1分の1になることはないのです。
もちろん、成功率を高める工夫はとても大切です。牌効率を覚えて良形になりやすい手組みをすること、河を見て山に残っていそうな牌や出やすい牌で待つことは、強くなるための基本だと思います。
ただ、その工夫の先にあるのは「成功率が少し上がる」ことであって、「必ず成功する」ことではありません。そこを勘違いすると、ある落とし穴にはまってしまいます。
形が不十分だからと、テンパイを崩しつづけると
たとえば、イーシャンテンの手でテンパイになる牌を引いたとします。ところが、テンパイを取るとカンチャン待ちになってしまう。「形が悪いから」とテンパイを取らず、イーシャンテンのまま良い形になるのを待つ。次にまたテンパイになる牌を引いても、今度は単騎待ちで「これも不十分」と見送る。
こうしているあいだに、ほかの3人の手は進んでいきます。先にリーチをかけられれば、こちらはまだテンパイしていないのに押すか降りるかを決めなければなりません。そのまま流局すれば、ほかの人がテンパイしていた場合はノーテン罰符まで払うことになります。
テンパイしていないあいだは、どんな牌が出てもあがれません。愚形の待ちでも、テンパイしていればあがれる可能性は0ではありません。この差は思っている以上に大きいと私は感じています。
愚形でもテンパイを取る、リーチをかける
いまの麻雀の考え方では、先制できるのであれば、愚形の待ちでもリーチをかけたほうが有利になる場面は多いです。
先制リーチには、待ちの枚数以上の力があります。ほかの人が降りてくれれば、その人たちにあがられる心配が減りますし、押してきた人からは出あがりも期待できます。リーチそのものの1翻に加えて、一発や裏ドラで打点が上がることもあります。
ダマにして手変わりを待つ選択もあります。たとえば4萬6萬のカンチャン(5萬待ち)なら、3萬を引いて6萬を切れば2萬5萬待ち、7萬を引いて4萬を切れば5萬8萬待ちの両面に変わります。これはテンパイを維持したまま形を良くしようとする考え方なので、テンパイを崩すこととはまったく別物です。
テンパイを取らないほうがいい場面もある
公平のために書いておくと、いつでもテンパイを取ればいいわけではありません。
- 他家のリーチに対して、安い手で危険牌を切らないとテンパイが取れないとき
- 序盤で、テンパイを外すことで打点や待ちが大きく良くなる変化がたくさん残っているとき
- オーラスで、そのテンパイからあがっても順位を上げるのに必要な点数に届かず、手を高くする必要があるとき
こうした場面では、テンパイを取らない判断が正解になることもあります。大事なのは「形が不十分だから」という理由だけで、毎回反射的にテンパイを崩さないことです。崩すなら、崩すだけの理由があるかを一度考えてみてください。
人生でも同じこと
ここまで麻雀の話を書いてきましたが、人生にもそのまま当てはまると思っています。
新しいことに挑戦するとき、準備を整えて成功率を上げようとするのは正しいことです。でも、どれだけ準備しても100%うまくいく保証はありません。「まだ準備が足りない」「もう少し条件が良くなってから」と見送りつづけていると、成功する確率はずっと0のままです。
それよりも、多少形が悪くてもトライしてみる。うまくいかなかったら、そこから学んで次のトライの成功率を少しだけ上げる。この繰り返しのほうが、結果としてうまくいく回数は増えていくはずです。
麻雀でも人生でも、トライしなければあがることはできません。形にこだわりすぎてチャンスを逃していないか。これは私自身にも言い聞かせたいことです。
2019年4月20日の投稿をもとに、加筆してまとめました。(元の投稿)



